武田/モデルナ社の新型コロナウイルスワクチンの異物混入をどう考えるか

1. 概要

新型コロナウイルスに人類が対抗できる現状唯一の武器であるワクチンは、現在進行形で、世界中で接種されている。そのような中、日本国内では、武田/モデルナ社のワクチンにおいて異物混入が認められ、厚生労働省は2021年8月26日に、特定のロット番号のワクチンの使用を見合わせることを発表した。

俺は、直前に職域接種にて武田/モデルナ社のワクチンの1回目を接種していたが、幸い当該ロットのものではなかった。しかし、当該ロットではないからOK、ということではない。今回のワクチンを接種するにあたり、安全性などの調査を自分で行い、覚悟を決めて打ったのだが、異物混入という悩ましい問題が生じてしまった。

我々はこの問題をどのように受け止めるべきなのだろうか。当該ロットのワクチンを接種してしまった人や、これから武田/モデルナ社のワクチンを接種する人はどうすればよいのか、について本記事で示す。

結論は以下にまとめるが、現時点では(2021年9月4日)、異物の正体が判明しているため、あれこれ考える必要は無くなった。しかし、異物の正体が不明であった期間に、どのように考えればよいか、という過程こそが重要であると思い、本記事に残すことにした。

今回の異物混入は、考え方が試される問題であったと思う。「正しい」「間違っている」という単純な判断ではなく、状況を踏まえた適切な判断が求められたといってよいだろう。すなわち、状況が許すならば、異物混入の原因や物質の特定などの詳細が完全に判明するまで、武田/モデルナ社のワクチン接種は全て中止すべきであり、これが最も安全な方法である。しかし、今の状況でワクチン接種を中止すると、それに伴う感染者数の増加、重症者数の増加など、国家として深刻な事態に陥っていくことは明白である。また個人にとっても、ワクチン接種の機会を奪われることは、新型コロナウイルスに感染し重症化するリスクを考えると痛手と言えるだろう。

<結論>
モデルナ社による調査の結果、一部のロット(ロット番号3004667)に混入していた異物は、製造機器の組立て時の不具合により混入したステンレスの破片であったことが明らかとなった。ワクチンは使用前に目視で異物がないことを確認することとされているが、このステンレスは心臓のペースメーカーやインプラントなどの医療機器にも使用されているもので、仮に体内に入ったとしても、アレルギーの誘因となる可能性は低いとされている。また、このステンレスが仮にワクチン薬液内に混入したとしても、溶け出す等の恐れは少なく、ワクチン自体の有効性・安全性への影響はない。なお、当該ロットの他、同じ時期に同じ設備で製造されたワクチン(計3ロット)については、すでに使用を見合わせており、企業により自主回収される。一方、一部の接種会場において使用が見合わせとなっていないバイアル内等にゴム栓破片が確認され、接種会場の判断により一部ロットの接種を見合わせるといった対応が行われているが、製造や採取の過程で蓋のゴムの一部が混入したものと考えられる場合は、接種の継続は可能である。 (出典:厚生労働省のWebページに基づく)

したがって、当該ロットのワクチンを接種してしまった人も、これから武田/モデルナ社のワクチンを接種する人も、安全性への影響は無いと考えてよいだろう。

2. 問題(異物混入)の詳細

まずは問題を正確に捉えよう。用語を整理しておく。

2.1 用語

2.1.1 バイアル

バイアルとは、注射剤を入れるための容器で、ガラスもしくはプラスチックでできた瓶にゴムで栓をしたものを指す。微生物の侵入を防ぎ、無菌状態を保つことができる。バイアルに入った注射剤を使用する際は、ゴム栓に注射針を刺して中身を吸い出す。蓋を開ける必要がないため、注射剤を一度で使い切らなくても良いというメリットがある。

図2.1-1のに、武田/モデルナ社の新型コロナウイルスワクチンのバイアルを示すが、1バイアルに10回接種分(1接種:0.5mL)充填された状態で、-20±5℃で凍結した状態で遮光保管される。使用するまでの解凍手順や、解凍後の取り扱いの詳細は厚生労働省のWebページに示されている。

なお、従来のワクチン、例えばインフルエンザワクチンは、遮光し凍結を避けて10℃以下で保管する(出典:日本ワクチン産業協会)。これに比べると、武田/モデルナ社の新型コロナウイルスワクチンの保管温度 -20±5℃は、かなり低いと言ってよいだろう。

このように、実際のモノのサイズや運用方法を知ることは、問題を具体的に考える上で非常に重要なことである。

図2.1-1:武田/モデルナ社の新型コロナウイルスワクチンのバイアル
(出典:厚生労働省)

2.1.2 ロット

ロットとは、同じ条件のもとに製造する製品の、生産/出荷の最小単位であり、製造業でよく用いられる言葉である。ある製品を大量生産する場合、一般には、製造装置の規模を大きくすればするほど製品の単価は安くなる。

例えば、味噌汁を10人分作ってくれ、と言われて1人分ずつ作る人はいないだろう。大きな鍋で10人分を一気に作った方が作業時間も掛からないし、安上がりだ。

なぜ規模を大きくすると単価が安くなるのかという根本理由としては、製品が2次元や3次元の反応を利用して作られるからである。前述の味噌汁の例では、鍋の中で材料を煮込み、調味料を加えて味を作る、という3次元の反応である。一般に、体積 \(V\) は代表長さ \(L\) の3乗に比例する。例えば直方体の場合、代表長さ \(L\) を1辺の長さとすれば、 \(V=L^3\) であるし、球の場合は代表長さ \(L\) を直径とすれば 、\(V=\frac{\pi}{6}L^3\) である。さて、味噌汁を製作する主要工程の反応容器は鍋である。10人分の鍋の所要体積は、1人分の10倍であるが、その代表長さ(例えば直径)は \(\sqrt[3]{10}\approx2.15\) 倍である。鍋の価格は直径に比例すると考えると、10人分の大きな鍋の価格は1人分の鍋の高々2.15倍である。さらに、作業スペースも1人分の10倍を要するわけではなく、これも直径に比例すると考えれば、やはり2.15倍である。すなわち、1人分の鍋を10個並列に並べて10人分を作るよりも、1つの大きな鍋で作る方が、鍋の価格は10倍→2.15倍、作業スペースも10倍→2.15倍となり、明らかに単価が安くなることが分かる。これをスケールメリットがある、という。

1ロットをどれだけの量とするかは、種々の制約によって決まる。例えば、以下のような項目が考えられる。

  • 製造工程の主要反応は、ある規模以上では均一に反応しない恐れがあり、限界サイズが存在する。
  • 容器などの、製造上の限界サイズが存在する。
  • 設置エリアの制約から、装置の限界サイズが決まる。
  • 少量生産にもある程度対応するため、あまりに大規模な装置は不適となる。大量に生産したのに売れなければ、大量の在庫を抱えることになり、また消費期限がある製品であれば、それまでに売りさばけなければ完全な損失になってしまう。

武田/モデルナ社の新型コロナウイルスワクチンの場合、1ロットは約5.4万本である(使用見合わせとなった3ロットの平均値, 図2.1-2)。1バイアルに10回接種分(1接種:0.5mL)含まれているから、1バイアル5mLとして、1ロットは約270Lとなる。これは、家庭用浴槽の容量と同程度である。

図2.1-2:使用見合わせとなった武田/モデルナ社の新型コロナウイルスワクチンのロット番号とその個数
(出典:厚生労働省)

「ロット」という言葉は工学系では知っていて当然なのだが、一般の認知度はどの程度なのだろうか。「製造ライン固有番号」などと言い換えて報道した方がよいのではないか、と思う。特定ロット(図2.1-2)の使用見合わせが報道された際、ロト6の当選番号のように見えて笑いを禁じ得なかった。

2.2 問題(異物混入)の具体的な内容

異物混入の詳細を確認しよう。まず、現時点(2021年9月4日)における事実を、時系列で表2.2-1に整理する。

表2.2-1:武田/モデルナ社の新型コロナウイルスワクチンへの異物混入に関する厚生労働省の発表
(出典:厚生労働省のWebページに基づく)

日付
(2021)
内容
8/25全国8カ所の接種会場において、同じロットで異物が混入していると疑われるバイアルが39本確認されたと、武田薬品工業株式会社から厚生労働省へ報告があった。
8/26上記ロットについては、複数の接種会場より、未使用の状態において異物の混入がある旨の報告がされたことを踏まえ、異物混入のリスクが否定できない3つのロットの使用を見合わせることとした。
9/1モデルナ社による調査の結果、一部のロット(ロット番号3004667)に混入していた異物は、製造機器の組立て時の不具合により混入したステンレスの破片であったことが明らかとなった。ワクチンは使用前に目視で異物がないことを確認することとされているが、このステンレスは心臓のペースメーカーやインプラントなどの医療機器にも使用されているもので、仮に体内に入ったとしても、アレルギーの誘因となる可能性は低いとされている。また、このステンレスが仮にワクチン薬液内に混入したとしても、溶け出す等の恐れは少なく、ワクチン自体の有効性・安全性への影響はない。
備考一部の接種会場において使用が見合わせとなっていないバイアル内等にゴム栓破片が確認され、接種会場の判断により一部ロットの接種を見合わせるといった対応が行われているが、製造や採取の過程で蓋のゴムの一部が混入したものと考えられる場合は、接種の継続は可能である。

3. 問題(異物混入)への対処

現時点(2021年9月4日)では、表2.2-1に示すように、既に答えが分かっているのだが(9月1日に、異物の正体はステンレスと判明した)、それまでの間、どのようにこの問題を捉え対応すべきであったか、をこの章で述べる。まず、政府としての立場から考え、最後に個人としての立場から考えるが、ほとんど同じ考えとなる。

3.1 考えるべきポイント

考えるときは、考えるべきポイントを間違えないことだ。

この場合、「異物の正体が何か」ではなく、「異物は安全か」を確認したいのである。
異物の正体も分からないのに、それが安全かどうか、分かるはずがない、という意見もあるだろう。

しかし、一般に、製品に混入した異物の正体、および、それがどのような経路で混入したか、を詳細に調査し断定することは、かなりの時間を要する。今回は、厚生労働省の異物混入認識(@8月25日)からモデルナ社の正式見解(@9月1日)までは、計8日間を要しているが、これはかなり短い方であると思う。場合によっては1ヵ月くらい要してもおかしくはない。

なぜ時間を要するかというと、異物混入の仮説を立て、その説が正しく、またそれ以外の可能性は一切ない、と言い切るためには、ほとんどしらみつぶしに近い方法で調べていくしかないからである。

一般に、ある命題が「正しい」と証明することは、「間違っている」と証明するよりもかなり難しい。
例えば、次の命題を考えてみよう。

\( x^2+y^2=z^2 \) となる自然数の組 \(\left( x,y,z\right) \) は存在しない。

これは例えば、\( 3^2+4^2=5^2 \) であるから、この命題は偽であることが分かる。

では、次の命題はどうだろうか。

\(3\) 以上の自然数 \(n\) について、\( x^n+y^n=z^n \) となる自然数の組 \(\left( x,y,z\right) \) は存在しない。

少し考えてみると、このような自然数の組は無さそうだな、と思い至る。
しかし、あらゆる自然数の組においてこの式を満たすものが1組も無い、と言い切るのは難しそうである。実際、これは「フェルマーの最終定理 (Fermat’s Last Theorem)」といって、この問題を考えた Pierre de Fermat の死から約330年後となる1995年に、Andrew John Wiles によって真であることが証明された。

このように、偽であることは反例を1つ挙げるだけでよいので簡単だが、真であることの証明はかなり難しい。

Fermat’s Last Theorem について少し話すと、 Andrew John Wiles の証明には、日本人数学者の業績が一部利用されている。それは、谷山-志村予想 (Taniyama–Shimura conjecture) と呼ばれるものである。図3.1-1にその概要を説明した動画を示すが、専門的な数学の知識が無くても理解できるようになっている。説明者は Edward Frenkel 教授で、谷山-志村予想に出会ったときにその発想に感銘を受けた数学者である。俺も、数学との出会い方が異なっていれば、このような予想に、心底ときめいていたのだろうな、と思う。

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図3.1-1:Fermat’s Last Theorem: フェルマーの最終定理 @堀越トシ

もう一度言おう。このすべての数字に関する情報を、調和解析に登場する、たった1行の式から知ることができるんだ。だから私は、これを奇跡と呼びたい。まるで魔法のようだ。
私がこのことを知ってからずいぶん経つ。講義にしたり本に書いたりもしてきた。でもこのような複雑な数論の問題を、たった一つの調和解析の数式で解くことができるという事実には、今でも新鮮な驚きを感じずにはいられない。

Fermat’s Last Theorem: フェルマーの最終定理 @堀越トシ

異物の正体や混入経路確定のための調査に最悪1ヵ月くらい要すると考えて、その間、武田/モデルナ社のワクチン接種を完全に中止すれば、感染者数および重症者数の増加など、国家として深刻な事態に陥っていくことは明白である。感染症というものは指数関数的に感染者数が増加していくから、1分1秒を争うくらいに事態は切迫している。

100点満点の対応としては、次の内容を、異物混入発覚から1日未満(より理想的にはワクチン接種を行っていない夜間帯)で言えればよい。そうすれば、ワクチン接種を中止せずに済み、かつ安全性にも問題はない。

「異物の正体は〇〇であり、安全上問題ないことを確認した。また、異物の混入経路は〇〇であり、当該ロット以外ではこのような異物混入の可能性は無いことを製造メーカに確認している。そのため、当該ロットは回収した上で、今後も武田/モデルナ社のワクチン接種は継続することとする。」

しかし、こんなに短時間(1日未満)で調査を終えることは現実的に困難である。

話を戻すと、考えるべきポイントは、「異物の正体が何か」ではなく、「異物は安全か」である。異物の正体も分からないのにそんなことが可能か、と思うかもしれないが、一つ例を挙げる。

\(36x^2+75x-3571=0\) を満たす整数 \(x\) は存在するか。

機械的に解くとすれば、2次方程式の解の公式から、この式を満たす \(x\) を算出し、それが整数であるかを確認すればよいだろう。実際に解くと、

\begin{align}
\begin{split}
&x&=\frac{-75\pm\sqrt{75^2+4 \cdot 36 \cdot 3571}}{2 \cdot 36} \\[0.5em]
&x&=\frac{-75\pm\sqrt{519849}}{72}
\end{split}
\end{align}

ここで、
$$ 721^2=519841<519849<521284=722^2 $$
であるから、
$$ 721<\sqrt{519849}<722 $$
となる。

すなわち、\(x\) は整数ではないことが分かる。
しかし、かなりの計算量が必要であり、電卓が使えるならまだしも、試験中に手計算で解くとなると、計算ミスを起こす可能性もある。

ここで、立ち止まって考えてみよう。
今知りたいのは、\(x\) の具体的な値ではなく、「\(x\) が整数かどうか」である。
そこで、次のように式変形する。

\begin{align}
\begin{split}
&36x^2+75x-3571&=0 \\[0.5em]
&36x^2+75x&=3571 \\[0.5em]
&3\left(12x^2+25x\right)&=3\times1190+1
\end{split}
\end{align}

左辺は3の倍数だが、右辺は3の倍数ではない。
すなわち、これを満たす整数 \(x\) は存在しない。

どうだろうか。\(x\) の具体的な値を何ら知ることなく、3で割ったときの余りに注目して、\(x\) が整数ではないことを証明した。先の方法と比べると、明らかに計算量は少ない。

話を異物混入の件に戻そう。
「異物の正体が何か」は、上の例では \(x\) の具体的な値を求めることに相当するだろう。これでは時間が掛かりすぎる。異物の正体を知ることなく、「異物は安全か」を判断する方法は、本当に無いのだろうか。

3.2 具体的な思考

まずは、問題の切り分けをする。異物混入のあったバイアルは、未開封かどうかを確認する。未開封であれば、異物は製造ラインで混入した可能性が高い。開封済みの場合は、前述の可能性に加えて、注射器に注入する過程などで混入した可能性も考えられる。

表2.2-1で示したように、異物混入は、未開封のバイアル、しかも同じロット番号で確認されている。ただし、一部は開封済みのバイアルからも異物が確認されているが、蓋のゴムの一部が混入したものと考えられている。

つまり、今回の異物混入のほとんどは未開封のバイアルであり、かつ同じロット番号で確認されていることから、特定の製造ラインの不具合によって異物が混入したと考えられる。

一般に、製造ラインに使われる機器には、ステンレス等の汎用金属が用いられるだろう。あるいは、溶剤と金属との反応を避けるために、内壁にテフロン等のコーティングを施しているかもしれない。異物が混入するとすれば、これらの機器から出てくるであろうと考えられ、つまり異物は、微小な金属片か、テフロン等のコーティング剤であろうと推測できる。ステンレスは鍋やスプーンなど日常よく使われる金属であるし、テフロン等のコーティング剤もフライパンや水筒に用いられており、いずれも人体への危険性は無いだろう。

ワクチンの製造過程は知らないが、わざわざ人体に有害な金属、例えばヒ素(As)や鉛(Pb)、カドミウム(Cd)などを使用することは考えにくい。

以上は推測であるが、実績を見てみよう。実績はすなわち実験結果であるから、これ以上に強力な情報は無い。
当該ロットの接種回数は少なくとも50万回以上で、現状これによる被害が確認されていない。死亡例は2例出ているが、因果関係は調査中となっている。考えてみれば、少なくとも25万人(一人2回と考えて25万人分)に接種したうちの、たった2例の死亡例は、因果関係を判断するにはかなり難しいだろう。俺も普段忘れているが、人はいつか死ぬのである。健康な人が突然死する可能性も稀にある。厚生労働省では次のように述べている。

接種後の死亡と、接種を原因とする死亡は全く意味が異なります。接種後の死亡にはワクチンとは無関係に発生するものを含むにもかかわらず、誤って、接種を原因とする死亡として、SNSやビラなどに記載されている例があります。

厚生労働省

一方で、開封済みのバイアルから異物が確認された件は、「蓋のゴムの一部が混入したものと考えらる」とのことで、これも人体には無害だろう。しかし、インフルエンザなどの従来ワクチンでそのような例は聞いたことが無い。なぜ今回の新型コロナウイルスワクチンのバイアルだけにそのような現象が起きるのか、という疑問がわく。

一つには、保管温度の違いがあるだろう。2.1.1節で述べたように、インフルエンザワクチンは凍結を避けて10℃以下で保管するのに対し、武田/モデルナ社の新型コロナウイルスワクチンの保管温度は -20±5℃とかなり低い。保管時の低温環境で蓋のゴムが劣化し、常温に戻した際に、ゴムの破片が剥がれる、ということが考えられる。しかし、通常はメーカにて保管温度に耐性のある材料を選定するはずだから、 この可能性は小さいだろう。俺は次の可能性が大きいと思っている。

もう一つは、蓋のゴムに針を刺したときにゴムが削られることである。しかし、この現象は、インフルエンザワクチンのバイアルも同じであろう。なぜ今回のワクチンのみ多発するのだろうか。俺は、人間の認識力によるものだと考えている。つまり、インフルエンザワクチンでも、同様の異物(ゴム片)は今まであったのだと思う。

人間の認識力とは不思議なもので、「知らないものは見えない」ことがある。そんなモノあるはずがないと思ったら、見えないのである。つまり、見るということは学習でもある。

英語の言い回しで、次のような表現がある。

Seeing is believing.

これは、「百聞は一見に如かず」と訳されることもあるようだが、俺は全く違った意味だと思っている。
俺の解釈では、「あなたが信じたモノしか、あなたには見えないよ」である。

例えば、この事件を覚えている人はいるだろう。
あるとき、ガードレールに鋭利な金属片が挟まっており、通行人がそれに足を引っかけて怪我をした。愉快犯による悪質なイタズラとして警察は調査を進めていく。しかし、この事件の報道後、同じような金属片の目撃情報が全国で殺到する。
結局、原因は、車がガードレールに接触した際、ボディの板金の一部が引き裂かれ、ガードレールに食い込むようになっていたのである。知らされて初めて、その存在に気付くのである。(THE突破ファイル

また、江戸時代、ペリーの黒船がやってきたときに、江戸市民の中には黒船が見えない人がいたそうである。煙を吐く鉄板で作られた船など、当時の人々は知らなかったのだ。(武田鉄矢氏の今朝の三枚おろし 8月23日配信分より)

従来、ワクチンのバイアルに異物などあるはずがない、と思うから見えない。しかし、新型コロナウイルスワクチンは注目されていたため、注射器に注入する看護師も必然といつもより注意を払うようになる。また、インフルエンザワクチンに比べれば、短期間で大量にその機会を経験する。そしてあるとき、ふと気が付く。「なんだこの異物は」と。

話が脱線したが、いずれにしても、「異物は安全である」と断言はできないものの、「かなりの確率で異物は安全である」と言えるだろう。

こうなれば、当該ロットのみ除外した上で、ワクチン接種は継続する、と判断すべきである。実際に、厚生労働省は異物確認から1日も経たずしてこのように判断している。これは、素晴らしいと思う。

以上は、政府の立場として考えたものであるが、ワクチン接種を受ける一個人として考えても、ほとんど同じとなる。現在(2021年9月4日時点)の国内感染者数累計は約154万人、日本の人口を1.25億人とすると、81人に1人の割合である。1日外を出歩けば、感染者とすれ違っているだろう。このような状況でワクチン接種を受けないことは、あまりにリスクが大きいと言えるだろう。俺は、異物の正体が判明した9月1日以前でも、上記のように考えていて、とくに心配はしていなかった。

3.3 根本的解決へ向けて

前述のとおり、かなりの確率で異物は安全であることが推測された。しかし、異物混入という欠陥品を製造した事実は、また別の問題である。前述までの議論によって、問題は「解消」されたが、「解決」はしていない。これは、しかるべき調査を行って、責任を求め、再発防止に向けた取り組みを行うべきである。

考えてみると、食品、たとえば牛乳やジュース、お菓子、パン、このようなものの中に、あなたは異物を確認したことがあるだろうか。俺は無い。これらの食品は1日あたり何万L、何万kgもの量が製造されているはずである。にもかかわらす、異物混入は滅多に聞かない。これから察するに、金属などの異物混入に対しては、それを検出/除外する何らかの汎用技術があるのだろう。今の時代、画像認識とも組み合わせて、強力な品質管理が為されていると想像できる。

食品に比べてワクチンのような医薬品は、より厳しいチェックが要求されるものであろう。にも関わらず、目視できるほどの異物混入が多数見つかった事実を考えると、あまりにずさんな品質管理であると言わざるを得ない。

誰が製造したのか調べようと思い、今まで敢えて触れなかったことに、ここで触れる。「武田/モデルナ」ってなんだ。開発したのはモデルナだろ、と思いつつ、武田薬品との関係を調べてみる。すると、図3.3-1のページにたどり着く。

図3.3-1:Moderna社の新型コロナウイルス感染症ワクチンの輸入および日本国内への供給に向けた製造販売承認申請について
(出典:武田薬品工業株式会社Webページ)

なんだかごちゃごちゃ書かれているが、

いずれの場合も、ワクチンが承認されれば、当社が日本における製造販売業者となります。

武田薬品工業株式会社Webページ

と明記されている。つまり、武田薬品は代理店なのか? 実際に製造しているのはどこだ、と調べてみると、

製造に関わったスペインの製薬会社ロビROVI.MCは26日、調査中だとした上で、異物の混入は日本に納入された一部製品に限定されているとみられるとの見解を明らかにした。ロビは米国以外に納入されるワクチンの瓶詰めなど製造の最終工程を担っている。同社の広担当者によると、工場での作業は停止していないという。

REUTERS

とある。アメリカのモデルナで製造しているのではなく、スペインの製薬会社ロビで製造されているとのこと。製薬会社ロビは、正確には Laboratorios Farmaceuticos ROVI SA という会社である。図3.3-2にWebページを示す。

図3.3-2:Laboratorios Farmaceuticos ROVI SA Webページ

世界的な危機に対応するため、社をあげて急遽大量生産に取り組んだのかもしれないし、あるいは、公的機関からの要請で製造せざるを得なかったのかもしれない。事情は知らない。日本向けに製造してくれたことには感謝するが、製造メーカとしての信用は無くなった。

そして、武田薬品の役目や責任は何なのか。というか、なぜ代理店経由でワクチンを購入するのだろうか。意味が分からない。ファイザーは直接購入しているのに? 誰か教えてくれ。

俺は仕事をするとき、いつも思い出すのは、次のようなことである。

TV番組で、人気のあるウナギ料理店の厨房の様子を紹介していた。昼食時、厨房内の慌ただしさはピークに達する。そんな中、料理長は次のように檄を飛ばす。

なんでもない時にできるのは当たり前、忙しい時に同じことができるのがプロやぞ。

ウナギ料理店の料理長

そのうなぎを食べる人は、評判の店と聞いて遠路はるばるやってきてくれたのかもしれない、週末の楽しみにきてくれたのかもしれない、長い行列に並んで待ってくれたのかもしれない。お客にとって、店側の事情など関係ないのである。

俺はギクリとした。今までの仕事で、忙しいから少しくらい、などと思ってしまうことは少なからずあった。こんなことでは、一人前になれるはずもない。ただ生産性のみを考慮して、結局自分のためにやっているに過ぎないのだから。

また、ガンスリンガーガールの次のセリフも、よく思い出している。

図3.3-3:ガンスリンガーガール 第2話

良い仕事は、すべて単純な作業の、堅実な積み重ねだ。

ガンスリンガーガール

どんなに複雑で難しい仕事でも、嚙み砕いて要素レベルに分解すると、それらの一つ一つはすべて単純な作業である。それを堅実に積み重ねていけば、良い仕事になる。しかし、楽をしようとして手順をとばしたり、しなければならないことをしなかったり、関係のないことに力を入れたりしてしまうことがある。基本的なことだが、意外と実行できていないことに気が付く。

自分の能力を超えるような仕事は、受けるべきではない。いいかげんな仕事は、「やらないのと同じ」か、あるいは「やらない方がマシ」なのである。今回は安全性に問題は無かったものの、もし重大な問題が発生した場合、取り返しのつかない事態となる。

4. おわりに

明日の天気、目的地の方向、電車の時間、各国ニュース、芸能情報、スポーツ、ありとあらゆる情報が瞬時に手に入るようになった現代。我々人類は、考える機会を奪われているのかもしれない。古来、獲物を追いかけながら、どこで休憩をとり、どこで引き返すか、あるいは獲物を見つけたら、どうやって倒すか、この後の天候はどうなるか、そんなことを考えながら遠距離を移動して生活していただろう。生きるために、必然と、動き続けながら考えていたのだろう。

思えば、何か考え事をするときには、歩きながら考えた方が捗る。古来の我々人類の歩んだ記憶が、そうさせているのかもしれない。(この説は、武田鉄矢氏の今朝の三枚おろしにて聞き、すばらしい着眼点だと思った。)

新型コロナウイルスという突如現れた災いは、我々に考える機会を与えてくれいているように見える。分からないこと、知らないことはひどく怖いことだから、あらゆることを知りたい、分かって安心したい、と思う。しかし、ネットを検索しても、新型コロナウイルスについては、知りたい答えはなかなか出てこない。自分で考えるしかないのである。

どこかの情報で、「異物には磁性がある」と見たような気がした。しかし、異物はSUS316(ステンレス)と判明し、一般によく使われるSUS304と同様にオーステナイト系ステンレスであり、基本的に磁性は持たない。

「異物は注射針の中を通る可能性はありますか?」
「針の内径は〇〇mmなので、目視できる異物が針の中を通る可能性は小さいと思われます」

記者会見で、上記のようなやり取りも見た。しかし異物が溶液に微量溶けている可能性、目に見えない微粒子が存在する可能性があるのだから、この質問はナンセンスである。また回答側も、質問に対する答えとしてはこれで良いが、質問の意図は、「異物が体内に入る恐れはあるか」ということだから、前述のような理由から「異物が体内に入る可能性はある」と言わなければ、誠実ではない。また、「仮に異物が体内に入ったとしても、〇〇という理由で、安全性に大きな影響はないと考えられる」と現時点での見解を示すべきである。

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